2019年02月21日

武侠小説 刀伊の入寇

武侠小説 刀伊の入寇

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冒頭部抜粋

 武侠小説 刀伊の入寇
                          大滝七夕

 一

 日本の年号では寛仁二年。宋国の年号では天禧二年(一〇一八年)の秋の夜のことである。
宋国の首都開封の郊外にある寂れた飯店に、白髪頭ながら厳めしい目つきが印象的な老人と、端正な顔立ちの若い夫婦が円卓を囲んでいた。
 表に看板さえも出ていない寂れた店である。三人の円卓には欠けた茶碗と一本の徳利があるばかり。店の主らしい人間はおらず、ほかに客らしい者もいない。店の扉は完全に閉じられているということは、本日の営業は終わったのだろうか……いや……そもそも営業しているのか……?
 景徳元年(一〇〇四年)に宋と契丹族の国家――遼との間で、?淵之盟を結び、北方の脅威がなくなったことで、宋国は大いに栄えていた。
 とりわけ、首都開封の繁栄ぶりは顕著であった。水運が整備されて国中の物資や人々が集まり、昼夜を問わず店には人々があふれ、屋台が立ち並び、大道芸、講談などが行われ、まるで、連日、お祭りが行われているかのような賑わい振りであった。
 開封の繁華街から離れた郊外とは言え、このような寂れた店があるのは奇異である。円卓には埃がかぶり、店の窓は欠けて、すきま風が吹き込んでいる。
 老人は、まるで乞食のようなボロをまとっているが、白髪はきれいに結い上げられており、口と顎の髭もきれいに切りそろえている。佇まいは到底乞食とは思えない。
 老人が欠けた茶碗でゆっくりと酒を飲み干すと円卓にコトリと置く。その風雅なしぐさからして乞食ではないと一目でわかる。
(なるほど……この方ならば、父上が頼りにするわけだ……)
 若い男――楊宗保は、目の前の老人を一目見ただけで只者ではないと感じ取っていた。
 円座に座って対面していた若い女がプッと笑った。
「どうしたのじゃ?」
 老人が若い女をじろりと睨む。楊宗保が女のひじを突いて、
「これ!失礼だろ!」
 と小声でたしなめる。
「構わぬ……申してみよ……」
「寇準様ったら、そのような、丁寧な飲み方では、到底、乞食には見えませんわ。姿だけ変えても、無駄ですわ」
「これ!」
 楊宗保が円卓の下で若い女の腕をつねろうとすると、若い女の方が楊宗保の腕をぴしゃりと叩いて、
「痛っ!」
 と、却って、楊宗保の方が悲鳴を上げる始末。
「ハハハ……そうか ……穆桂英殿。そなたの言うとおりじゃな」
 楊宗保は、座を立つと、
「妻が失礼を申して誠に申し訳ありません!」
 直立不動で深々と頭を下げる。堂々たる体躯でありながら、整った顔立ちに白い肌をしており、容姿だけ見れば、書生という風情。しかし、楊宗保は、武門の名家、楊家軍の当主の座にある軍人だ。
 楊家軍とは、楊宗保の祖父楊業に始まる軍閥である。
 遼との戦いで常に最前線に立ち、とりわけ、楊宗保の父である楊延昭は、数々の軍功を立てて、宋国の者であればその名声を知らぬ者はいない。
 景徳元年(一〇〇四年)に、?淵之盟が結ばれたことで、遼との戦いは終止符を打ち、大中祥符七年(一〇一四年)に父の楊延昭も亡くなって、楊家軍が活躍する場は無くなってしまったが、今でも、開封の街中では、講談師が楊家軍の栄光を語り継いでいるのである。
 容姿端麗の若い女――穆桂英が楊宗保の尻をボンと叩く。
「痛っ!」
 楊宗保は、またしてもうめき声を上げた。
 その様を見て、老人――寇準が、カラカラと笑う。
「巷で聞く講談によると、穆桂英殿は、楊宗保殿が穆柯寨に押し入った際に捕らえて、『私と結婚しないと殺すわよ!』と脅迫したそうじゃのう。おまけに父上の楊延昭殿まで打ち負かしてしまわれたとか。そんな女将軍がいるのかと半信半疑であったが、今夜、二人にお会いして、その話は誠じゃと悟ったぞ……」
「見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
 楊宗保は顔をしかめながらも、再度、頭を下げた。
「よいぞよいぞ。そう畏まっては、却って、我らの身がばれるではないか……」
 寇準が楊宗保の肩をぽんぽんと叩いて、座らせる。
(寇準様は――ずいぶんと丸くなられたようだ……)
 楊宗保は微笑を浮かべる寇準の横顔を見やりながら思った。
 もはや、六十になる老人である。顔には歳相応のしわがあり、体もやせ衰えているが、炯炯とした目だけは、かつての剛直な性格の名残を残していた。
(我ら、楊家軍の活躍によって、遼の宋への侵入を防いだのは事実だが、この方の後ろ盾がなかったら、今頃、この開封は、遼の蛮族に蹂躙されており、町のどこもかしこもが、この飯店のように寂れていただろう……)
 今、寇準はボロをまとって、楊宗保、穆桂英と差し向かいで、欠けた茶碗で酒を飲んでいるが、実は宋国の宰相の地位にある要人である。
 寇準が最初に宰相の職に就いたのは、景徳元年(一〇〇四年)のことであった。






武侠小説 刀伊の入寇


 日本に刀伊の入寇(一〇一九年)の危機が迫っていることを知った北宋の穆桂英は、楊家槍法を遣う若き女侠楊嫣を大宰府の藤原隆家のもとに派遣する。だが、刀伊――女真族の侵略の裏には、遼の後押しと陰謀があることが判明。秘密結社『土蜘蛛衆』に属する大蔵種拓は、隆家の命を受け、日本を守るべく楊嫣と手を組んで戦う。日本を舞台にした歴史ファンタジー小説。

刀伊の入寇(一〇一九年)の時代を背景に藤原隆家や楊家将演義にゆかりのある人物が活躍する武侠小説。
女真族が遼の後押しを受けて日本に攻め入らんとしている。既に遼は日本に蕭魔軻らの間者を潜伏させて来る時に備えていることを知った北宋の穆桂英は、大宰府の藤原隆家と日本の武芸者の秘密結社「土蜘蛛衆」棟梁葛城影行に危機を知らせるべく、養女の楊嫣(ヒロイン、語学堪能、楊家槍法を遣う若き女侠)を密使として日本に派遣する。
肥前国松浦で楊嫣と出会った大蔵種拓(主人公、土蜘蛛衆の次期棟梁として期待される若き武芸者。大宰大監大蔵種材の末子)は、二人で大宰府に行き、藤原隆家と面会するが、早くも、蕭魔軻ら遼の刺客に襲われる。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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2019年02月20日

184年2月 黄巾賊蜂起事件続報 すでに宮中に黄巾賊のスパイが潜入していたか

先日、洛陽の市中で、車裂の刑に処せられた者がいた。名が伏せられ、何らかの重罪を犯したことしか公表されていなかった。通常、市中で処刑されるときは、処刑されるものが何者で、いかなる罪を犯したのか、公表されるが不可解な処置であった。
この人物の名は、馬元義と言い、太平道の渠帥の一人だったことが、今回の取材によって明らかになった。
関係者の証言によると、馬元義は、宮中の有力宦官らと密かに接触して、賄賂等を送り、張角らが蜂起した際に、呼応してクーデターを起こすように働きかけていたというのだ。
かなりの数の宦官が、馬元義の工作に応じたとみられるが、事前に計画が露見し、馬元義が囚われた。
馬元義から賄賂を受け取った宦官らは、自分たちの保身のために、馬元義を密かに処刑するように命令。つまり、口封じ目的だったものとみられる。
市中には馬元義の他に、太平道の関係者が潜んでおり、馬元義の処刑を知るや、直ちに張角へ急報。それが、今回の蜂起につながったものとみられている。
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武侠小説 紅面剣侠

武侠小説 紅面剣侠

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冒頭部抜粋

 武侠小説 紅面剣侠
                            大滝七夕

 序
 
 潮の流れが変わったことで、平家軍は一気に劣勢に立たされた。
 怒涛の勢いで押し寄せる源義経率いる源氏の船団に蹴散らされ、平家軍の船は散り散りになり、船上にはいくつもの矢が突き立った武士たちの遺体が転がるばかり。
「もはやこれまで――」
 と悟った二位尼こと平時子は、幼い安徳帝に
「帝、この壇ノ浦の底にも都がございますぞ。その名を竜宮城と申します。さっ……参りましょう」
 とお抱き申し上げると荒れ狂う渦潮の中に身を投じてしまった。
 平家軍の総帥新中納言こと平知盛は、それを見送ると、力なくうなだれた。
 海ばかりが船上までもが竜巻が通り抜けたような惨状である。こうして甲板に佇んでいる間にも周囲には、源氏軍が放つ矢が降り注いでくる。
 一本の矢が具足を貫き右肩に刺さった。手には太刀を持っているが、降り注ぐ矢を払おうともしない。もはや、戦う気力も失せたのだろうか。
「従兄上!戦いはまだ終わっておりません!源氏の陣中に斬り込んで、義経の首を討ちさえれば、我らが逆転勝利するのですぞ!」
 平知盛の傍らに立って、太刀を振るい、降り注ぐ矢を払い続けている、身の丈六尺ばかりの勇壮な鎧武士が怒声を上げた。
 狼のような獰猛な目つきに、いかつく顎の張った荒々しい顔立ち。およそ都の公家とは対極にいるような男だが、細く整った眉だけは公家らしさを醸し出している。
 たびたびの合戦で一度の不覚も取ったことはない、王城一の強弓精兵と絶賛されている平家軍最強の猛将平教経だ。
「従兄上!太刀を振るって下され!」
 教経は、もう一度怒声を放った。
 だが、知盛は、教経に目を向けると、静かに首を横に振るばかり。
「教経……帝まで没されてしまった。もはや、我らは負けたのだ……」
「従兄上!命がある限り!あきらめぬ限り!負けたことにはなりませぬ!俺は、源氏軍に斬り込んで、義経の首を斬りに行きます!」
「よせ……無駄な殺生はやめよ」
「従兄上がお止めになろうと俺は行く!従兄上!俺の最期を見届けるまでは絶対に死ぬなよ!」
 教経は、そう言いおくと、甲板から海上に身を投じた。
 義経の首を斬りに行くと言いながら、自ら海に投じたのか?
 だがそうではなかった。教経は、足が海面に付いた途端、蹴って前進していた。
 まるで飛び魚のような身のこなしである。
 海上を走る教経――。こやつは人間なのか!
 その様子に仰天した源氏の武士たちが教経を目がけて一斉に矢を放った。
 教経は、口元に笑みを浮かべ、
「貴様ら!俺の『厳島海神流』の秘技『渦潮』をよく見ておけ!」
 と叫ぶと、前方に突き出した太刀の切っ先を震わせ始めた。やがてはっきりとした円を描き始め、刃から旋風が噴き出し始めた。
 教経に向けて放たれた矢はすべて、その刃の渦に飲まれ、海面に叩き落されてしまった。
 源氏軍の船団の只中に斬り込んだ教経は、目に映る武士を片っ端から斬り捨てた。
 教経の周囲で首が飛び、おびただしい血潮が舞う!
「義経!出てこい!」
 教経が雄たけびを上げると、意外なことに返事があった。
「教経!俺はここだ!雑魚どもを斬り捨てて楽しいか?俺と正々堂々勝負しろ!」
 教経は、八艘先の小舟に具足をまとった義経の姿を認めた。憤怒の色を浮かべた教経は、
「馬鹿野郎!それは、俺の台詞だ!」
 小舟から小舟へと飛び移り、襲い掛かる武士どもを悉く蹴散らしながら、義経に肉薄した。
 教経とは対照的に背丈五尺ばかりの小兵。おまけに顔立ちは娘のように端正である。
 教経が太刀を大上段に振り上げて義経に打ち掛かると、義経も同じく太刀を上段から振り被って受けた。
 キーンという鐘を落ち鳴らしたような音と、目もくらむばかりの火花が散った。
 鬼神のように顔を怒らせた教経に対して、義経は相変わらず涼しい顔を崩さない。
 さらに落ち合うこと数合。怒涛の勢いで斬りかかる教経は義経を確実に圧倒していた。
 教経が義経の首を目がけて、決定的な一打を放たんとした刹那――。
 教経の太刀の刃が粉砕していた。
 義経が手にするのは名刀薄緑。刃こぼれ一つとしてない。対する教経の得物は平凡な太刀だ。打ち合えば、どちらが消耗するかは明白だった。
 義経が手にする薄緑の刃が教経の首に当てられた。
 教経の顔から急速に闘志が失われていった。
「くっ……俺の負けだ……斬れ!」
 教経は、観念したように瞑目した。
 が、義経は、薄緑を引っ込めて、教経の前に立つと左手で肩をポンと叩いた。
「生きろ……!」
「はあっ?」
「どこかへ行ってしまえ……日本に居場所がないから、いっその事、宋へ――」
「馬鹿野郎!俺に情けをかけるな!」
「お前の厳島海神流。壇ノ浦に沈めてしまうのは惜しい。生きて、さらに磨け!」
「俺が死んでも、厳島海神流は死なぬ!俺には弟子がいるんだ!」
「俺たちは、幼いころ、共に武芸を学んだ兄弟弟子だ。俺がお前を斬れるわけがないだろ!」
 義経が悲痛の色を浮かべてそう叫ぶと、教経に背を向けて駆けだした。
 瞬く間に八艘先の小舟まで跳躍している。
「甘いぞ!義経……いや、牛若!お前の悪いところだ!非情にならないと、生き抜けんぞ!」
 教経はそう叫びながら追いすがろうとしたが、気が付いた時は、二人の大兵に組み付かれていた。
「ええい!牛若の馬鹿野郎!こうなったらこいつらを道連れにしてやるわい!」
 教経は、そう叫ぶと、二人の大兵を抱えながら、渦潮に向かって跳躍した。
 今度こそ、渦潮に飲まれたまま、教経は上がってこなかった。
 その様子を甲板から見守っていた知盛は、
「見るべきものは見た……」
 と、瞑目すると、錨を背負って海に身を投じた。
 源氏と平家の最終決戦。壇ノ浦の戦いはこうして幕を閉じた。
 元暦二年三月二四日(一一八五年四月二五日)のことである。

 一

 壇ノ浦の戦いから約一年後。宋国江南地方――。
 朝靄に霞む大運河を一艘の細長い小舟が杭州へと南下していた。
 小舟に乗るのは、三人。
 最後尾では、土色の袴褶に編み笠をかぶった老人が櫂を漕いでいる。どこにでも居る船頭だ。
 小舟のほぼ中央に座しているのは緑色の円領袍に頭巾を被った中肉中背の壮年の男。切り揃えた口髭と顎鬚は黒々として艶があり、やや丸顔ながら整った目鼻立ちをしている。竹の骨に和紙を張った日本製の白い扇子で仰ぎながら、水面に映える桃の花に目を向ける様は、詩歌を愛でる文人と言った風情が漂う。
 その背後に、どっかりと腰を下ろしているのは身の丈六尺ばかりで引き締まった体つきをしている男だ。
 奇妙な男であった。
 身にまとっているのは、日本の武士が着る灰色の直垂と黒い袴。右肩に寄り掛けているのは、やはり、日本の太刀だ。石突の先から柄頭まで四尺はあるだろうか。柄と鞘は黒漆を塗っただけの質素な黒漆太刀拵であるから飾り物ではなく実戦で用いる太刀だと分かる。やや長めの太刀を携えていること以外は、驚くに値しないごく普通の武士だ。
 が、奇妙なのは、頭の方である。




武侠小説 紅面剣侠

 壇ノ浦の戦いに敗れた平家の猛将平教経の技を受け継ぐ謎の好漢が南宋の首都杭州に現れる。常に紅い鉄仮面をつけて素顔を隠しており、手にする名刀は平家一門の家宝「小烏丸」。果たして彼は何者なのか?中国を舞台にした歴史ファンタジー小説。

 元暦二年三月二四日(一一八五年四月二五日)。壇ノ浦の戦いに敗れた平家の猛将平教経は海に沈む。教経は、厳島海神流と言う剣術を創始しており、弟子がいるという。
 約一年後。南宋の首都杭州に、厳島海神流の遣い手である厳国盛が現れる。厳国盛は、常に紅い鉄仮面をつけており、その正体は不明。杭州界隈で隠然たる力を有する江湖の秘密結社嘗胆幇に属し、その幇主である楊謖の用心棒を務めている。
 嘗胆幇の好漢たちが集まり、西湖で湖上宴会が開かれた夜、楊謖は、日本刀を遣う黒装束集団に暗殺される。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
posted by ノベル時代社武侠小説プロジェクト at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 電子書籍