2019年02月15日

6 武侠三国志 剣豪徐庶の物語

「上をご覧ください」

「おおっ……」

程cは僅かに驚きの声を漏らしただけであるが、許褚は、ぎょっとした。

男が上空に浮いている!

そうとしか見えなかった。

よーく目を凝らしてみると、その男のつま先が、竹の葉についている。つまり、竹の葉の上に立っている。

それもはるか上空である。

昨晩、曹沖が屋根から飛び降りたのにも驚いたが、その男はそれよりも高い場所に、しかも、竹の葉の上に立っているのだ。

男が飛んだ。そのまま、ものすごい勢いで落ちてくる!

が、男が地面に立った時、音もしなければ、砂ぼこりも立たなかった。

最初から地面に立っていたかのように、佇んでいた。

服の色は竹と同じ緑。少し無精髭のある精悍な顔立ち。

決して、大柄ではないが、筋肉の引き締まった柔軟な体つきである。

平凡な姿形であるが、この男を見た者は、まず、その眼差しに惹きつけられるだろう。

その黒い瞳は、驚くほど澄み渡っている。

この世のありとあらゆることを知り尽くし、悟りを得たかのような眼差しである。

この男は、私利私欲で動く男ではない。たとえ、どれほどの黄金をつもうとも、どれほどの高位高官を約束しようとも、この男を動かすことはできないと、人を見る目のあるものならば、察するはずである。

そして、江湖の武芸者ならば、この男の武功ーー武芸の腕前ーーが、ただならぬものであることに気づくはずである。




許褚は、残念ながら、そんな目は持ち合わせていなかった。

男が地面に降り立った時、剣を抜いていた。

「お前だ! 昨夜、倉舒様と共にいたのは、お前だ!」

男は答えない。答えないということは認めたも同然だ。こやつを捕らえて、丞相に突き出してやる。

そう考えた許褚は、男をめがけて剣を振り下ろす。

とてつもない勢いである。

曹操軍屈指の猛将が繰り出す一撃。この一撃によって、首を落とされたものは、数多いる。

この男も、その一人になる……はずだった。

「剣を私にくださるというのですか、許褚殿。しかし、剣なら、私も、数振り、所持しておりますぞ」

許褚が振り下ろした剣は、男の首に届くことなく、止まっていた。

遮られたのである。男の二本の指によって!

男は、一歩も動いていない。ただ、二本の指を動かしただけである。

そして、二本の指で許褚の剣の刃を挟んでいた。

まるで箸でおかずをつかむみたいに。

こめかみに血管を浮かべた許褚は、剣を握る腕をプルプル震わせていた。剣を引き戻そうにも、ピクリとも動かないのだ。

こ、こんな男がいるとは……。俺の立場がないではないか……!

許褚は、冷や汗をかいていた。

「これ! 許褚、無礼だぞ! このお方をどなたと心得る。あの孔明殿にも、まさるとも劣らぬ智謀の持ち主。徐庶、字は元直殿だ」

程cの言葉に、許褚は、瞠目した。

「徐、徐庶だと……! 徐庶殿は、武芸もできるのか!」

「元直殿は、江湖の武芸者として名を馳せていたこともあるのだ。剣を使わせれば、江湖随一の腕前じゃて」

「買いかぶり過ぎです。軍師殿。私程度の腕前のものならば、江湖にゴロゴロおりましょう」

徐庶はそう言って、剣を挟んだ指をピンと弾いた。

途端に、ドスーン! と許褚が仰向けにひっくり返った。
posted by ノベル時代社武侠小説プロジェクト at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 武侠三国志 剣豪徐庶の物語
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