2019年02月01日

あらすじ 武侠三国志 剣豪徐庶の物語

徐庶。颯爽と劉備の前に現れて、諸葛孔明を推薦するや風のように去った天才軍師として知られているが、彼にはもうひとつの顔があった。三国志には撃剣の使い手とある。あの呂布を上回る江湖の武芸者でもあったのだ。

峨眉派の一番弟子である徐庶は、魏に仕えるにあたって、峨眉派掌門南海神仙から一つの密命を授かっていた。
張角が峨眉山より盗みだした秘伝書「太平清領書」を取り戻せというものである。張角のような者に再び悪用されることを防ぐためである。
徐庶の前に、病死したはずの曹沖が、奇怪な剣術を駆使して、立ちふさがる。曹沖の偽りの死の裏で、魏、呉、蜀を揺るがす陰謀がめぐらされていたのだ。
一方、呂布の娘、呂玲綺は、徐庶と出会い、彼に対し、恋心を抱くようになる。ところが、生真面目な徐庶と一本気な呂玲綺はなかなかうまく行かなくて……。

三国志の世界に武俠小説の要素を取り込んだ作品です。主に日曜日に更新予定。
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1 武侠三国志 剣豪徐庶の物語

その夜は満月であった。

許褚はいつもの通り、近衛兵たちを指揮し、曹操が眠る宮殿で警備にあたっていた。

曹操はすでに、中原を制定し、天下の三分の二を手中にしたとはいえ、南には、劉備と孫権がいる。彼らが曹操に対して、刺客を送り込んでくるかもしれないことは、学のない許褚でも予想できた。

そうであるから、曹操から、

「お前も、たまには、わしの警護を他の者に任せて、休むように」

と言われても、頑として、受け入れなかった。

赤壁の戦いで大敗北を喫した後でも、曹操は、配下の者を責めることはしなかった。

許褚も、自らが率いた部隊が全滅し、生き残ったのは己一人という悲惨な状況に陥ったが、咎められることはなかった。

それどころか、

「許褚よ。お前は生き残ってくれた。お前さえ生きていれば、どれほどボロ負けしようと我軍は安泰だ」

と励ましてくれたのだ。

許褚は、身を粉にして、曹操のために尽くそうと言う意思をより一層強くしたのだった。




「今宵の月は一際大きいな……」

許褚は、月を見上げながらひとりごちる。それに応える者はいない。

他の近衛兵は、許褚が指示した通りの配置についており、許褚自身は、最後の門番とばかりに、一人で、曹操の眠る建物の扉の前に陣取っている。

その眼差しに、ウトウトした様子は全く無い。あくび一つせずに、油断なくあたりを警戒していたのだ。

とりわけ、今夜のような月明かりの強い夜は、火を焚かなくても、あたりを見通すことができる。

刺客は門から来るとは限らない。屋根伝いに忍び込んでくることもあろう。

そう考えて、許褚は、屋根にも油断なく目を配った。

異変に気づいたのは、その時だった。

向かい側の建物の屋根に、小さな人影を見た。

この夜更けに屋根の修理をするものなどいるはずがない。曹操の寝殿近くで、屋根をうろついているのは……。

「何奴だ!」

許褚の咆哮が闇夜に響く。

その刺客にも間違いなく、聞こえたはずである。

小さな人影は微動だにしなかった。

「くすくす……」

と、失笑を漏らしたようである。

女か? あるいは子供か?

許褚は、戸惑った。

まず、考えたのは、曹操の子に、屋根に上がるようなお転婆な子はいただろうか。ということだった。

だが、その考えはすぐに打ち消した。

そんな子はいないはずだと。

となれば、この宮殿に仕える童子だろうか。いずれにしても、この夜更けに、曹操の寝殿近くの屋根に上がっているなどと、許されることではない。

斬首されてもおかしくない大罪である。

「おい! 降りてこい!」

「くすくす……」

「何がおかしい!」

「おかしいことはいろいろとあるよ」

間違いなく子供の声だ。

「笑ってないで降りてこい! ここがどこだか分かっているのか! 俺が誰だか分かっているのか!」

「くすくす……」

「何がおかしいんだ!」

「ここがどこだか分かっているのかって、もちろん知っているさ。父上の宮殿さ。それに、お前が誰か知っているかって? もちろんさ。馬鹿力だけが自慢の脳筋許褚だろ」

さっ……と、許褚は青ざめた。

父上の宮殿というからには、その者が、曹操の子息なのだろう。

「し、失礼いたしました。公子。このような夜更けに、屋根に上がるなど、危ないですぞ。さっ、お降りください」

「こんな月夜に、そんなとこで、立ちんぼしてつまらないだろ。お前も上がってこいよ」

「はっ……。今、ハシゴをお持ちしますので……。ああっ、しかし、公子、一体どうやって屋根に上がられたのですか」

「くすくす……」

「公子、何がおかしいので……?」

「この程度の高さの屋根に上がるのに、どうしてハシゴが必要なんだい?」

「さすが、公子。ハシゴを使わずに登れる場所を見つけたのですな」

「そんな場所はないさ。そこからぴょーんと飛べばいいんだよ」

「はあ?」

「その場で飛んでみろと言っているんだよ。くすくす……」

「公子……。ご冗談を……」

一体何者なのだろう?

曹操の子息で、飛ぶだけで屋根に上がれるほどの者となれば、曹彰ぐらいしか思いつかない。が、曹彰は、成人しているし、あのように小柄ではない。

許褚は、もう一度、その人影を凝視したが、容貌ははっきりしなかった。

「くすくす……。お前は、豚みたいにでぶでぶしていて、飛べないんだろ」

「はあ……。私は確かに、太りすぎだと自覚しております」

「もっとも、お前が、飛べないのは、僕みたいな軽功を身に着けていないからだよな」

「軽功?」

「くすくす……。父上の親衛隊長というべきお前が、軽功も使えないで、どうやって、父上を守ると言うんだい?」

「あの……。公子、軽功とは、一体なんでしょう?」

「今、見せてやるよ」

許褚があっ、と声を漏らした時は、その人影が、屋根から大きく飛び上がっていた。

屋根から地面まで、許褚のような巨漢を三人積み上げたほどの高さはある。

その高さから、子供が飛び降りて、無事で済むはずがない。

危ない! と声を漏らす間もなく、人影は地面に降り立っていた。

白鳥が地面に降り立ったように、物音一つ立てずに、軽やかに着地した。

もちろん、尻餅をつくこともなく、当たり前のように、許褚の前に立っていた。

その鮮やかな身のこなしに、許褚は瞠目したが、その直後、心臓が止まるかと思うほどの驚きを味わうことになる。
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2 武侠三国志 剣豪徐庶の物語

「公子……、大丈夫なのですか?」

「痛いよう! 痛いよう! エーン、エーン」

軽やかに着地したように見えて、やっぱり骨折したのだろうか。人影が地面にうずくまってしまった。

「公子!」

許褚が慌てて、駆け寄り、その小さな人影を抱えあげようとした。

その時である。

ズシン。

許褚は、その場に尻もちをついていた。

腕を伸ばしたまま、金縛りにあったように身動きができなくなったのだ。

おまけに口も聞けなくなっていた。

驚きのあまり凍りついてしまった。と、他の者が見れば思うだろう。

事実、許褚は、声にならないいくつもの悲鳴を漏らしていた。

そんな馬鹿な!




うずくまっていた人影がすくっと立ち上がった。

嘘泣きだったのだ。もちろん、怪我もしていない。

月明かりに照らされて、その顔が顕になった時、許褚は、ひとつ目の悲鳴を漏らした。

そ、曹沖様……! そんな馬鹿な! お亡くなりになったはずなのに!

曹沖。字は倉舒。

曹操の子息の中で、最も優秀とされており、曹操が後継者にと期待していた。

ところが、数年前に、わずか、十三歳にして夭折。

曹操の嘆きは、一方ならぬもので、曹沖と共に棺に入りたいなどど言い出す始末で、許褚ら、側近が力づくで止めたほどである。

あれほど、憔悴した曹操を許褚も初めてみたのだった。

もちろん、曹沖の遺体が埋葬されるところを許褚も見届けている。

なのに、その曹沖が、今、許褚の目の前にすくっと立っている。




「久しぶりだね。許褚」

許褚は、声を出すことができなかった。

驚きのあまりということもあるが、それだけではない。

お、おかしい! 体が全く動かない……!

もちろん、声も出ないということに気づいたのだ。

「僕を忘れたのかい? 僕はあの日から、ずっと年をとっていないから、わからないはずはないと思うんだけどね」

曹沖がクスクスと笑って、言葉を次ぐ。

「もしかして、何をされたのかわかっていないのかい? まさか、父上の親衛隊長ともあろうお前が、点穴を知らないはずはあるまい」

て、点穴……?

許褚は、はっと思い出した。

医術を極めた者は、人体の要所にあるツボに対して、刺激を与えることによって、相手に内傷を負わせたり、逆にツボを刺激することで、治癒させることができるという。

例えば、みぞおちを力任せに殴ることも、ツボを刺激する方法と言えるが、玄人は、力任せに殴るのではなく、それを指一本で成し遂げてしまう。

一本指でツボを、ポンと突くだけで、相手を麻痺させたり、昏倒させてしまうことができるのだ。

許褚も、一度、点穴されたことがある。

あの名医華佗によって。

華佗が、許褚のような猪武者など、指一本で制圧できると豪語したものだから、ならばと、許褚が殴りかかったところ、本当に、一本指で突かれて、昏倒してしまったのだ。

その後、驚いた曹操が、「この妖人め!」と、華佗を捕らえて、投獄してしまった。

曹沖は、華佗のその技に夢中になった。そこで、曹操に内緒で、華佗が囚われている牢屋に度々、足を運んでは、教えを請うていたようである。

それを知った曹操は、曹沖が妖術の虜になることを恐れて、華佗の処刑を命じた。

手を出したのは、他ならぬ、許褚自身である。

華佗の死を知った曹沖は、嘆きのあまり、病の床につき、程無くして亡くなったのだった。

「思い出したみたいだね。華佗先生にやられた時のことを」

許褚は瞠目するばかりである。

「この技は、小手先の技ではないよ。ツボの位置を知っているだけではダメなんだ。もちろん、指で突くだけの技ではない。内功を伴って初めて意味があるんだ」

内功……?

聞いたことのない言葉である。

「内功というのは気のことさ。お前のような猪武者は、力任せに殴ることしかできないだろうけど、内功を使えるようになれば、僕みたいな、小さい体でも、お前みたいなデブを突き飛ばすことができるんだ。何なら試してみるかい」

曹沖が許褚の顔に向かって、手の平を突き出した。

許褚の顔の顔に、曹沖の手の平は触れていない。

だが……。

パン!

許褚は、仰向けにひっくり返っていた。

曹沖の手の平から、突風が吹き出した。そうとしか思えなかった。

台風の風を手の平サイズに凝縮したような風の塊が、許褚の顔に直撃。

か、顔が潰れた!

と錯覚したほどの衝撃である。

意識が遠のいた。目の前が真っ白になる。

かろうじて、クスクスという曹沖の笑い声が聞こえるばかりだった。

「これが内功の力さ。この力を指一本に凝縮して、打つのが、点穴技なんだ……。ねえ。許褚、聞いているかい? 寝るなよ。僕と遊ぼうよ」

曹沖が無邪気な声を上げながら、許褚の脇腹をける。

ぐおっ……。

猛牛に突進されたかのような衝撃が走った。

体が屋根の高さほどまで舞ったと思うと、次の瞬間には……。

ドスーン!

顔から地面に叩きつけられていた。

だが、全く、身動きの取れない許褚は、受け身が取れない。

額が割れ、地面に血が滴った。

曹沖は、クスクスと笑いながら、またしても、許褚の体をまるでマリのように蹴り上げる。

そのたびに、許褚は、とてつもない衝撃を受けていた。

こ、このままでは殺されてしまう!

しかし、体が全く動かない。

くっ! こんなところで殺されるわけには……!

絶望的な思いにとらわれた時、どこかから、不気味な声が響き渡った。

「曹沖よ。それくらいにしておけ……」

曹沖が、けまりをやめた。声の主に向かってかしこまったようである。

「し、師父。お出ましだったのですか……!」

「お前が、抜けだしたことに気づかないとでも思ったかえ? こんな夜中に、抜け出すとは悪い子だ」

「ごめんなさい。師父。でも、華佗先生にひどい目に合わせた、こいつのことは許せなかったんです」

「わしの許しなく、勝手に抜け出すでない!」

「は、はい。師父!」

「戻るぞ」

「はい」

曹沖が、バッと屋根へ飛び上がった。

屋根には、曹沖の倍の背丈がある黒い長衫の男がいたが、影になっていて、容貌ははっきりしない。

「許褚。点穴は、朝になれば自然に解けるよ。それまで、おねんねしていな」

クスクスという笑い声を残して、二人はどこかへと飛び去った。
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