2019年03月02日

エンジェルハート法律事務所

エンジェルハート法律事務所

PRノベル時代はライトノベル、時代小説を読めるオンライン小説サイト/ケータイ小説サイトです。息抜きに軽く読める小説がたくさんありますよ

冒頭部抜粋

 エンジェルハート法律事務所は自力救済が認められているんです!
                                 大滝七夕

 1、エンジェルハート法律事務所

 陰気でうさん臭い通りだった。ようやく馬車が一台通れるほどの狭い道でありながら、石畳が整然と敷かれている。但し、あちこちにゴミが散乱し、野良犬の糞やしょんべんの跡が残っていた。二十メートルはあろうかという得体の知れない木々や雑草が伸び放題のまま放置された森が南側から迫っているため、終日日差しが遮られ、真夏の昼間だというのに夕暮れの後のように薄暗い。時折、森からカラスの陰気な鳴き声が響いてくる。
 左右に立ち並ぶ石造りの建物の外壁もくすんだ色合いを為しており、扉や窓枠は塗装がはがれるままに放置されているものが多い。
 他所から来た観光客ならば、世界で最も治安がよく美しい都市と言われているダーバオ共和国の首都ジンドウに、このような場所がある、ということに、愕然とするであろう。
 クラヤミ横丁と呼ばれるこの通りには、まともな人間ならば近づかない。看板が出ている店もあるが、いずれも怪しい薬、まがい物、違法な物を売る店だったり、違法営業をする店だったりする。この通りに足を踏み入れる連中も真夏だというのに、黒いマントで身を包んだり、フードで素顔を隠している得体の知れない怪しげな奴らばかりである。
 一人の男が歩いていた。
 そいつは、顔を隠してはいなかった。所々に寝癖のようなくせ毛のあるショートカットの黒髪。それなりに整った細面の顔立ちをしているが、肌は浅黒く焼けている事からアウトドア派の人間だと分かる。だが艶のある肌で髭は一つもなく無骨な感じはしない。切れ長の涼しげな瞳は柔和ささえ漂う。カフェで、マスターでもやっていそうな好青年である。
 男は、どうやら、怒っているらしく、眉を吊り上げて、ズカズカと足を踏み鳴らしながら歩いていた。右手には、手の平にちょうどよく収まる長さ二十センチほどの懐中電灯のような物を握りしめている。縦に深いひびが入っているところを見ると壊れているのだろう。
 詳しい者が見れば、その懐中電灯のような物が、気功剣(オーラソード)と呼ばれるタイプの武器だと分かるだろう。親指の辺りにあるスイッチを入れると先端の水晶から光刃が出るのである。光刃の長さや幅、色は遣い手によって異なる。遣い手の気功(オーラ)の強弱に左右されるからだ。
 男の背丈は百七十センチほど。それなりに引き締まった二の腕を完全に露わにしたダークグリーン色のタンクトップに長ズボン。その上に防気チョッキと呼ばれる簡素な防具を身に付けている。防気チョッキは、真剣はもちろん気功の刃や弾も貫かない特殊な素材でできている。
 男の防気チョッキは迷彩柄。首都ジンドウの北方に広がる険しい山脈――アンブー山脈に潜む山賊を討伐する所謂「山狩り」を行う狩人がよく愛用している柄である。ということは男もそのような仕事をしているのだろう。
 男の反対側から若い女が歩いてきた。身長は百六十センチほどで華奢な体つきをしている。卵形の整った輪郭に切れ長の瞳を宿した色白の女である。化粧っ気はなく幼さが残る。美少女と言ってもよいだろう。
 美貌の次に、目に付くのは全身が黒ずくめであることだ。頭の天辺近くで結い、先端が首の辺りに垂れるポニテールの黒髪。真夏だというのに、上には黒いスーツを羽織っている。下は黒いミニスカート。腰巻かと思うほど短いひらひらのスカートだ。足を一歩踏み出すだけで、捲れて、パンツが見えそうである。但し、生足だったらの話。女は、黒いタイツを穿いていた。
 高級そうな黒皮のハンドバックを一つ持っているだけだ。事情を知らない者があれば、葬式の帰りだと錯覚するだろう。事実、切れ長の瞳には、憂いの色が浮かんでおり、今にも泣きそうな雰囲気である。
 その若い女と男の右肩同士が正面衝突した。よろけたのは体格で劣る女の方である。ハンドバックが石畳の道に転がった。
 女は、黒いヒールを履いていたが、体勢を大幅に崩すようなことはなく、わずかに前のめりになっただけで、すぐにスクッと身を起こした。途端に、顔に浮かんでいた憂いの色が消え去り、凛とした表情になる。切れ長の瞳の奥から強い光が放たれる。
 女は、振り返ると
「ちょっと!危ないじゃないの!」
 と、眉間に皺を寄せて、男を睨み付けた。
 男は、女とぶつかったことを蚊に刺された程度にしか思っていないのか、女の一喝の後も三歩ほど歩いた。
 それからようやく、後ろに殺気に似た気配が沸き立ったのを感じ取ったのか、じろりと首だけ回して後ろに目を向けた。
「うるせえ!」
「うるさいじゃないわよ!もしも、私が杖を突いた老婆だったら、ひっくり返って、大怪我をしていたところよ!そうなったら、あなたは、私に対して不法行為に基づく損賠賠償責任を負わなければならないのよ!」
「ごちゃごちゃと、訳の分からないことをのたまいやがって!ますますうるせえ女だ!」
 男は、「ふん」と鼻を鳴らすと、女を無視して歩を進めた。
「ちょっと待ちなさいよ!」
 女は、道端に転がったハンドバッグを拾い上げると、中から、拳銃を取り出していた。持ち主の気功を実弾代わりに打ち出す気功拳銃(オーラガン)だ。
 いやはや、可憐な容貌とは裏腹に血の気の多い女である。
 女は、男に気功拳銃を向けようとしようだった。だがそれより先に、男は、右手にあるうさん臭い店の出入り口の扉を足で蹴り飛ばして、ズカズカと中に入っていた。
 女がその店の前まで駆けて、扉の上にかかる金属の看板を見上げた。塗装がはげ落ち、さび付いていたが、『リグモ武器店』と読めた。

 リグモ武器店に入るなり、男は、壊れた気功剣を木製のカウンターに投げつけた。カウンターの小皿に置かれたろうそくの灯りが揺らいだ。この灯りが消えたら、店の中は真っ暗である。表通りに面した側に窓はあったが、日差しは望めない。広さは十畳もないだろう。店を入ってすぐの場所にカウンターが遮り、その奥に棚が縦に五列並んでいる。棚には、様々な種類の武器が並んでいた。
「いらっしゃいませ……。あっ……これは……新渡戸竜兵さん……よ、よくぞ、ご無事で……」






エンジェルハート法律事務所 (リーガルファンタジーシリーズ)


「全財産を投じて手に入れた最強の武器が欠陥商品だった。契約解除して金を取り戻したい!」
 山賊狩りを生業とする青年が法律事務所を訪れると、所長以下全員が美少女というハーレム事務所。事件はあっさり解決するものの報酬が払えないため、補助職員として奴隷同然に働かされることになるが……。


 裁判所の判決によらず、法律事務所が武装して自力救済することができる世界の話。
 軍隊は弱いが平和なダーバオ共和国に暮らす新渡戸竜兵は、気功剣と気功盾によってアンブー山脈に跋扈する山賊を狩ることを職とする青年。悪徳武器屋に粗悪な気功剣を掴まされて全財産を失った竜兵は、途方に暮れていたところ、エンジェルハート法律事務所の十八才の法律家和泉遥に救われる。悪徳武器屋に内容証明を送りつけて、全財産を取り戻した竜兵は、お礼に事務所を訪れると、取り戻した財産の十倍の報酬を支払うために、執行部部員として無理やり働かされることになる。
 エンジェルハート法律事務所の面々は美少女ぞろい。所長は、十九才の相馬司彩。法律家であると同時に売れっ子アイドルでもある。また、竜兵の直属の上司である執行部部長大貫早矢香は、普段はオドオドしているが、飛空戦艦に乗り込むと性格が荒々しく豹変する十七才の女の子だ。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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2019年03月01日

よろず暗殺仕ります!暗殺屋(アサシンヤ)疾風忍

よろず暗殺仕ります!暗殺屋(アサシンヤ)疾風忍


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冒頭部抜粋

 よろず暗殺仕ります!暗殺屋(アサシンヤ)疾風忍
                          大滝七夕

 1、魔王ドバラ瞬殺。そして……

「俺の暗殺を企む者がこの城の中に侵入した可能性があるだと?」
「はい。どうか、魔王様。お気をつけ下され」
 魔王ドバラは、「ふん」と鼻を鳴らすと、執事役の背の高いダークエルフの男を面倒くさそうに追い払った。執事は、狼狽の色を浮かべながらも一礼して退出した。
 部屋に残っているのは魔王ドバラとその筋骨隆々とした紫色の裸体にしな垂れかかっている白いエルフの女だけである。
 松明に照らされた石造りの部屋。やたらと広い部屋の中央に豪華な飾り付けが施された天蓋付きのダブルベッドが一つあるのみ。そこに二人が横たわっていた。
「面白い。試してみればよかろう。果たして俺が簡単に暗殺されるようなやわな奴かどうかな――」
 魔王ドバラは、ほくそ笑んだ。顔色は紫。銀色の長髪をオールバックにしたとげとげしい顔つきの男である。種族はダークエルフ。ダークエルフというと、一般的にはひょろひょろした奴が多いが、魔王ドバラは如何にもタフな外見をしている。
「まあ。ドバラ様を暗殺できる奴なんているわけがありませんわ。もしも、そんな奴がいるとしたら、一躍、時の人となってしまいますわね」
 白いエルフの女が妖艶な眼差しを魔王ドバラに向けながら、寝巻きを肌蹴て、一糸まとわぬ上半身を露にした。人間の女と同じ、白く艶やかな肌である。耳がとがっていることと長い髪が白銀色に輝いている事以外は、人間の若い女と変わりがない。
「だろうな……。まあ、そんな奴がいればの話だが」
 魔王ドバラは、豊満な裸体を露にした白いエルフの女にむしゃぶりついた。
「あん……」

 魔王といえども情事の最中は、女に魂を奪われ、警戒心が緩む。
 玉座で待ち構えている魔王に勇者が仲間たちと共に正面から突っ込む。いわば、正攻法だけが魔王との戦い方ではない。情事の隙を狙うのも、あながち間違いとはいえない。
 何しろ、この世界は常在戦場――針の先ほどでも隙を見せたほうが敗れ去るのだ。敗れ去った者は文句を言う権利も時間もない。
 暗殺者――アサシンの疾風忍(はやてしのぶ)は、ずいぶん前から、魔王ドバラの寝室の天井に張り付き、魔王ドバラに隙が生ずる瞬間を辛抱強く待ち構えていた。
 そして、とうとう、その時がやってきたのだ!
 忍は行動を起こした。
 松明の明かりが突如として、フッ……と消えた。この部屋には窓がない。松明が消えればわずかな月明かりさえない完全な闇の世界となる。
「むっ……!」
 魔王ドバラは即座に異変に気づいた。白いエルフの女を脇に押しやって半身を起こした。
 魔王ドバラといえども、松明の明かりに慣れた目を、墨を垂らしたような闇に慣れさせるのには、数秒かかる。その数秒の隙が魔王ドバラにとって命取りとなったのだ。
 突如として――この部屋の中に太陽が現出したかのような強烈な光が沸き起こった!
 闇の世界からから目が焼けるほどの光の世界へ豹変する。
 魔王ドバラの視界はもはや完全に狂っていた。視界ばかりではない。火山が吹っ飛んだかと思うほどの強烈な爆発音。人間の数倍は鋭い聴覚までも奪われていたのだ。もはや、自分の周囲で何が起きているのか察知することもままならない有様。
 これぞ、アサシンスキルを極めた者だけが使える『スタングレネード玉』の威力である。
 この時、魔王ドバラは、何かを叫ばんとして、口を動かそうとしていた。
 一方、忍は、既に天井から身を躍らせていた。
 天井から離れた時、両手に合計十本の薄刃の手裏剣を握りしめていた。床に音も立てずに降りた時には、その手裏剣は消えている。
 もちろん、すべて、投げ打ったのだ。魔王ドバラに向けて!
 魔王ドバラは、全身の要所に突如として鋭い痛みが走るのを感じ取っていた。だが、それも一瞬のことだ。次の瞬間には、全身麻酔を打たれたかのように体が弛緩して、瞬きさえできなくなっていた。
 無論、忍が打った『ポイズン手裏剣』の毒にやられたからに他ならない。
 この世界に存在するありとあらゆる猛毒の類を調合して作り出した究極の猛毒。ポイズンなどと言う控えめな表記は本来ふさわしくない。その猛毒をこってりと染み込ませたポイズン手裏剣の毒は、この世界で最強の力を有する魔王ドバラのさえも瞬時にして廃人状態に陥らせるほどの威力があったのだ。
 そして、魔王ドバラに向かって飛び込む忍。
 いや――飛び込むという言葉も全くふさわしくない。あえて言えば、瞬間移動か。
 アサシンスキルを極めた者だけが駆使しうる超高速移動スキル『ステルスダッシュ』。
 魔王ドバラの目前に迫った忍が、右手に握りしめたナイフ――オリハルコンダガーを魔王ドバラの心臓に向けて突き出す!
 音速の刺突!
 忍が右手を振るっただけでその周囲にソニックブームとも言うべき衝撃波が走り、天蓋の飾り付けが吹っ飛び、白いエルフの女も床に叩きつけられる。
 これぞ、忍の最強の刺突技『ソニックストラッシュ』。
 分厚い鋼鉄の鎧を百枚重ねたよりも硬いと言われる魔王ドバラの胸。その胸にオリハルコンダガーの刃が完全に吸い込まれていた。さらに、刃の先からもソニックブームがとばしり、魔王ドバラの胸が波打つ。瞬時にして、心臓がズダズタに破壊され、刃の隙間からどす黒い血が噴水の如く流れる。
 硬直したまま、カッと目を見開いた魔王ドバラ。瞬時に、その目から光が失われ、開きかけた口からどす黒い血と共にようやく漏れた一言。
「ひ……」
 魔王ドバラが何を言わんとしたのかは、忍は知らない。
「ひぃぃぃぃ!」という情けない悲鳴だったのか。あるいは、「卑怯者ぉぉぉぉ!」と叫びたかったのか?
 もしも、後者だとすれば、忍にとっては褒め言葉に他ならない。
 いずれにしても、一連の動作は、魔王ドバラが「ひ……」という最期の言葉を発するほんの一瞬の間に行われたのである。

 ※

 これが、アサシンスキルを極めた疾風忍の魔王ドバラ瞬殺のあらましである。
 それから一月が過ぎていた。
 石造りの洋式のベランダに置かれたビーチチェアに横たわり、夏の夜空に輝く星を見上げながら、忍は、魔王を瞬殺した瞬間を思い起こしては、ほくそ笑んでいた。
 何物にも変えがたい達成感。
 普通の冒険者ならば、四人あるいは十人といったパーティーを組み、団結して魔王に挑むのが常識だろう。魔王の城に正門から堂々と乗り込んで、数々の罠を突破し、複数の中ボスたちを倒して最後に魔王の玉座に至る。
 正攻法で魔王を倒すのも、確かに達成感はあろう。
「俺はそれをたった一人で成し遂げた……!」
 魔王の城に運び込まれる物資の中に隠れて城内に忍び込み、真夜中になってから、誰にも気づかれずに行動を開始し、魔王ドバラの寝室に潜入。魔王ドバラが愛人の女と情事にふけている隙を狙って暗殺する。
 正攻法とは言えない。だが、たった一人で、魔王ドバラを倒した。それも、然したる激戦を繰り広げることなく――こちらは全くの無傷で――瞬殺したのだ。
 どのような手段を使おうとも、たった一人で成し遂げたことは評価されるのが当然だと、忍は思っていた。







よろず暗殺仕ります!暗殺屋(アサシンヤ)疾風忍



 魔王を瞬殺した暗殺者疾風忍は、その実績を以て仕官を試みるが、あまりの強さを恐れられて、どこからも採用されない。止むを得ず、暗殺のスキルを生かして冒険者たちをサポートする暗殺屋(アサシンヤ)を始めるが、閑古鳥が鳴くばかり。そんな折、妙な依頼が舞い込むようになって……。


 異世界パーセクに転生した疾風忍は、暗殺者(アサシン)となり、数年の修行と冒険の末、単身で魔王城に潜入し、魔王ドバラを瞬殺した。
 忍が魔王ドバラを瞬殺した理由は、軍人として仕官するためである。魔王瞬殺の戦績を以って仕官試験を受ければ、合格できるだろうと高をくくったものの、悉く書類選考落ちとなる。国王を暗殺しかねないと恐れられたためだ。
 仕官をあきらめた忍は、暗殺のスキルを生かして冒険者たちをサポートする暗殺屋(アサシンヤ)を始めるが、閑古鳥が鳴くばかり。
 最初の依頼は、大金と引き換えに、ビギナーズ王国のカレン姫を殴って戦闘不能の状態に陥らせよというものだった。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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2019年02月28日

遺言執行士のお仕事

遺言執行士のお仕事

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冒頭部抜粋

 遺言執行士のお仕事
                       大滝七夕

 1、遺言執行士

 紺色のジャージを着た若い男が館の庭を全力疾走していた。石畳みの道の片隅に、今しがた使用人が集めたばかりの落ち葉が舞った。
「ああ!せっかく集めた落ち葉が!お坊ちゃま!そんなに慌てて如何なさったのですか……?」
 使用人の爺さんが声をかけたが、若い男は、目もくれずに、館に向かって駆けていた。
 何しろ、広すぎる庭である。庭だけでも、一つの村が丸ごと収まりそうなほど広大なのだ。
 ここは、ダーフォ島のダーフォ王国。その首都ピンアン城下町の郊外だ。鬱蒼とした森に囲まれた静かな館である。王族の別荘地と見まがうような広大な敷地を有していた。
 ダーフォ島は、世界のほぼ中心に位置しているため、四季がはっきりとして最も住み心地が良いと言われる島国である。同時に世界で最も高低差の激しい島だった。
 島の真ん中に鎮座する幽冥山脈の奥地には、天に向かってそびえ、雲を突き付けてもまだ頂上の見えないタワーのような山――天空山と、漆黒の闇に包まれ底の見えない深い洞窟――鬼の風穴がある。
 天空山は神の住む天空の世界へ、鬼の風穴は妖魔の住む魔界へとつながっているとうわさされており、世界の中心にして、天と地がつながる特別な島と目されている。
 若い男は館の庭を駆け続けた。この庭からも、ダーフォ島のシンボルとも言うべき天空山が見えた。普段なら見上げる度に天空の世界へのあこがれを抱かせる山だが、今、若い男の視界には入らなかった。
 やがて、敷地の規模の割には、こじんまりとした木造瓦葺二階建ての館が現れた。
「婆ちゃん……。持ち答えてくれよ……。俺が駆けつけるまで死ぬなよ……」
 そうつぶやいた若い男の顔は、上気していた。少し肌寒い風が吹いているというのに、額には汗を浮かべていた。よっぽど、慌てて駆けてきたのだろう。それも相当に長い距離を全力疾走してきたと見える。
 荒い息を吐いており、できることならば、地面にへたり込みたいという様子。だが、若い男は足を止めない。
 身長は一七〇センチ前後と低くも高くもない平均的な高さである。それなりに鍛えているらしく、肩幅が広く、がっしりとした体格だ。黒いショートカットの髪型にシャープな顔立ち。目が少し大きく、幼さを感じさせる。
 平常時ならば、人を和ませる柔和な目つきをしているはずだ。だが、今、若い男の目には、動揺の色が浮かんでいた。
 若い男は、高級旅館を思わせる大きな玄関に飛び込むと、靴を脱ぐのも忘れて、一階の一番奥にある寝室へ向かって廊下をバタバタと駆けた。
 男の足音に呼応するように寝室の引き戸が開け放たれた。若い女が顔を出した。
 身長は、若い男よりほんの少し低い程度だから、女としては高い方だろう。金銀細工のようなボブヘアに細面の顔立ち。やや高めの鼻に、濃い睫を宿したパッチリとした瞳。それに、思わず、触れたくなるような白く艶のある肌。
 身にまとっているのはネイビージャケットに白シャツと白パンツ。シャツがはち切れんばかりに大きく盛り上がった胸、蜂のように括れた腰とふっくらとしたヒップ。と、男ならば誰でも、見惚れてしまうようなセクシーな体つきをした女である。女が若い男の腕を引っ張って、寝室に引きずり込んだ。
「真人くん!」
「美里ちゃん!婆ちゃんは!」
「間に合ってよかったわ!」
 畳の敷かれた部屋である。広さは十二畳。その真ん中に布団が敷かれていて、老婆が眠っていた。
 ショートカットの白髪に厳格そうな顔つきをしている。仰向けになって目を閉じていたが、四角の額縁メガネを掛けていた。
 若い男――真人は、老婆の枕元にしゃがんだ。
「あっ……。真人君、土足はだめよ……」
 と、若い女――美里が小声でたしなめたが、真人は耳を貸さない。老婆を揺さぶるばかりだ。
「婆ちゃん!しっかりして!」
 老婆は、反応しなかった。
「ま、まさか!もう……!婆ちゃん!」
 真人は、老婆の鼻先に手を近づけた。息をしているかどうか確かめるためだ。
「真人や……。私は、まだ、生きておるぞ……かろうじてな」
 老婆が目を開き、口を動かした。だが、その声は弱弱しかった。
「婆ちゃん!よかった!」
「じゃが、まもなく、寿命が尽きよう……」
「そんな!婆ちゃん、死ぬのは早すぎるよ。だって、まだ七十八歳でしょ!」
「そうじゃ……。もうそんな年じゃったんじゃなあ。お前が生まれた時は、私は六十だったが、もう十八年も経ってしまったのじゃなあ。せめてお前が嫁をもらうまでは生きたいものじゃが……」
「そうだよ!婆ちゃんには長生きしてもらわないと!それに、俺、婆ちゃんに、まだ、何も、孝行していない!」
「おお……親孝行ならぬ祖母孝行者の孫じゃのう……」
「そうだよ。父さんと母さんのいない俺にとっては、婆ちゃんが親なんだ。親孝行するのが当然だよ!」
「おお……。なんとよくできた孫じゃ……。それなら、お前に一つ頼みがある。内密の頼み事じゃ。耳を貸してくれんか?」
「うん?」
 真人は、祖母の口元に耳を近づけた。一言一言を聞き漏らさないように神経を傾けた。
 暫しの沈黙――。
 祖母は何も言わなかった。
 まさか!息絶えてしまったのか!





遺言執行士のお仕事 (リーガルファンタジーシリーズ)


 遺言執行士――故人の遺言を聞き取るための特殊な呪術『遺言読取呪法』、墓標から故人のスキルを抜き取り相続人に承継させる『能力承継呪法』の遣い手。若き遺言執行士が、後継者問題に巻き込まれた魔銃道場主の孫娘を救うために奮戦する。


 遺言執行士――故人の遺言を聞き取り、遺言通りに遺産が承継されるように監督する職業。故人の遺言を聞き取るための特殊な呪術『遺言読取呪法(ラストウィルリーディング)』、墓標から故人のスキルを抜き取り相続人に承継させる『能力承継呪法(スキルサクセション)』の他、相続法を初めとした民事法の法律知識も必要なため、隣接法律職と呼ばれている。なお、遺言執行を妨害する者がいる場合は、正当行為として武力を以て排除することが許されている。
 水城真人は、祖母から無理やり押し付けられる形で、水城遺言執行士事務所を継いだ。事務所でバイトをしている幼馴染の江上美里の助けを借りながら、遺言執行士として成長していく。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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