2019年02月26日

武侠小説 チンギス・ハーンの秘伝書

武侠小説 チンギス・ハーンの秘伝書

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(冒頭部)
 武侠小説 チンギス・ハーンの秘伝書
                           劉波兒

 序

 六盤山一帯に張り巡らされた天幕群の中でも、一際大きな天幕に、福建人の郭玉和と方滄海が呼び出されたのは、一二二七年八月の蒸し暑い夜のことである。
 天幕の主人は、二人が来たのを見るや、よろよろと寝台から起き上がり、小間使いの者たちを追い出してしまった。煌々と明かりが灯され、金銀類で豪華に飾り立てられた、ただ広い天幕。モンゴルの荒野から身を起こし、西はホラズム朝、東は金朝の領域に食い込む広大な領土を勝ち得た草原の蒼き狼にふさわしい天幕である。
 郭玉和と方滄海は、天幕を入ってすぐの位置にひざまずき、中央奥の寝台に腰かける主人――チンギス・ハーンから言葉がかかるのを待った。小間使いの者たちが傍らを通り過ぎて、天幕の外に出てから、しばらく経ったが、一向に声がかからない。寝台の敷布を擦るような微かな音がするだけである。
 郭玉和と方滄海は、意を決して、恐る恐る、わずかに顔を上げて見やると、ハーンは、震える手で寝台を叩いていた。萎びれて、骨の浮き上がった手で手招きしているように見える。郭玉和は、ハーンが己たちに近くまで来るように促しているのだと悟り、方滄海の背を軽く叩いて促した。二人は、腰を低くしたまま、忍び足で、ハーンの足元まで歩み寄り、ひざまずいた。
 ハーンは、寝台にあっても襟を正し、威厳を保とうとしている。だが、ハーンの手も膝も微かに震えているのを郭玉和は見逃さなかった。
「堅苦しくするな……顔を上げよ」
 小鳥の羽音のような声に、郭玉和は、愕然とした。あまりに弱弱しい。何十万もの騎兵たちを叱咤して、草原を駆け巡った蒼き狼の勇ましい声の面影はみじんもなかった。あまりの痛ましさに、郭玉和は顔を上げることができなかった。方滄海もひれ伏したままである。
「誰しも、老いと死から免れることはできぬ……わしは草原を駆け回ることに夢中になるあまり、そのことを忘れておった……」
「ハーン……」
 ようやく顔を上げた郭玉和は、かける言葉を紡ぎ出すことができなかった。
 寝台に腰かけるハーンは、衣装こそ豪華であるが、頬がこけて、枯葉のような、触れば今にも崩れそうなほど萎びれた肌である。目つきだけは、炯炯としていたが、却って、体の衰えぶりを際立てるばかりで、痛々しい。
「そなたは、郭貫、字は玉和。それから、そなたは、方清、字は滄海。二人は宋の福建を出て、シルクロードを西へと旅している途中で、我らと出会い、以後、行動を共にしてきたのだったな」
「はっ!」
 郭玉和は抱拳しながら目を伏せた。感激のあまり己の瞳が潤んでくるのを禁じ得なかった。ハーンほどのお方が、己たちのような末端の人間の名を正確に覚えていて下さるとは望外の喜びである。
 方滄海も抱拳して目を伏せていた。
「福建人は昔から、外に出るのが好きだそうな……。陸路を行くばかりでなく、海路をも行くとか?」
「はい。福建は背後には高い山々が迫り、眼前には大海原が広がり、平地の狭い地域です。田畑を耕し、あるいは放牧に使える土地は限られています。そのため、必然的に外に出て行かなければならないわけで、とりわけ、海に出る者たちは、数多くいます。海外との交易も盛んで、宋の他の地域とは雰囲気がだいぶ違います」
「そなたたちは陸路を辿ってわしと出会ったわけだが、海路に出るつもりはなかったのか?」
「もちろん、海の向こうの国にも興味があります。ですが、私どもは、ハーンの名声を慕って、一目お会いしたいと思ったのです。ハーンにお仕えすることが、私たちの喜びです」
 ハーンがふとため息を漏らした様子だったので、郭玉和は顔を上げた。寝台脇の燭台からの明かりに照らされたハーンの顔に影ができ、より一層老けて見えた。眉が垂れ、老境を悟った物寂しげな顔である。
「わしは間もなく死ぬ。そなたたちがわしに仕えていられる時間はそう長くない。わしは広大な領土を得た。領土を受け継がせるべき子供たちもしっかり育っている。憂うことは何もないように見えるかもしれぬ。だが、一つだけ心残りなことがある。それをそなたたちに託したいと考え、今宵、呼び寄せたのだ」
「何なりとお申し付けください」
「二人には、日本へ渡ってほしい」
 郭玉和と方滄海は、目を丸くして顔を見合わせた。福建人の二人にとって、大海原を越えた先にある島国――日本は、比較的身近な存在であるが、草原の只中を駆け巡っていたハーンが日本のことを知っていることに驚いたのだ。
 ハーンは、枕元に手を伸ばし、分厚い書物のようなものを包んだとみられる赤い錦の包みを引きよせた。
「これを日本に届けてほしい。日本の都、京都の北にある鞍馬寺と言う寺に奉納してほしいのだ」

 ※

 西湖の湖畔を取り巻く木々が紅葉し、鏡のような湖面も赤く輝いていた。
 六盤山の天幕群を出発してから数か月にして、郭玉和と方滄海は、南宋の臨時の都となっている杭州へとたどり着いた。
 杭州城外、西湖を見渡すことができる小高い丘に建つ飯店の二階に宿を定めた二人は、窓から西湖の静かなさざめきを見下ろしながら、紹興酒を飲み交わした。
「ようやく、故郷に帰ってきた気がする。そう思わないか?滄海」
 郭玉和が杯をぐいと煽ると、方滄海もうなずいた。
「全くだ。ただ広い草原を馬で駆け巡るより、江や湖を舟で漂う方が俺は性に合っているようだ。やはり、江南に住む者は舟が合うのだと今回の旅で気が付いた」
「間もなく、我らは、大船に乗って、大海原へ出ることになる。飽きるほど船に乗れば、また、馬が恋しくなるかもしれないぞ」
 郭玉和が微笑みながら瓶子を傾け、二人の杯に紹興酒を注いでから、口を継いだ。
「それにしても、ハーンが日本のことを知っているばかりか、京都の名前も知っているとはなあ。おまけに、京都の北に鞍馬寺という寺があるなど初耳だ。滄海はどうだ?」
「俺も鞍馬寺などという寺の名前は初めて聞いた。俺たちでさえ、日本の地名で知っているのは、博多くらいだ。ハーンは、どうして、それほど詳しく知っていたのだろう。日本に行ったことはないだろうに」
「それも謎の一つだ。もう一つの謎は、何故、一冊の書物をわざわざ、日本に届けようとしていたのかということだな」
 郭玉和は首を傾げながら、卓に置いた赤い錦の包みに目を注いだ。
 二人は、六盤山を出発して、杭州に至るまでの道中、一度たりとも、錦の包みを開いて、中に納まっている書物を目にしたことはなかったのだ。
 ハーンは、どのような書物であるか、明言しなかった。ハーンが「これはわしの……」と何事か口にしようとしたところで、激しく咳き込み始めたため、聞くことができなかったのだ。
「京都の鞍馬寺へ……頼んだぞ……」
 それが、二人が耳にしたハーンの最期の言葉である。ハーンが亡くなったのは、二人が天幕を辞してから幾ばくもしないうちだったようだ。
「郭兄。本当に、日本に行くつもりなのか?」
 方滄海がやや緊張した面持ちで切り出してきたので、郭玉和は首を傾げた。
「もちろんだ。ハーンの遺命に逆らうことはできない。日本に渡るために必要な金銀も、余るほどたっぷりといただいてきたのだ。途中で投げ出しては、我らは盗賊と同じになってしまう」
「俺は、日本に渡る前に、中身を一目確認した方がいいと思う。日本に渡るかどうかはそれから決めた方がいいと思う」
「おい!滄海、何を言い出すんだ?もしかして、大海原を行くのが怖いのか?」
 郭玉和がせせら笑うと、方滄海は首を横に振って、真剣な眼差しを郭玉和に向けた。
「大海原が怖いわけじゃない。だが、たかが一冊の書物のために、日本に渡るなど正気の沙汰ではないぞ。しかも、日本でこの書物が届くのを待っている人がいるわけでもない。ハーンが寺に奉納したいというだけだ。おまけに、この命令を受けたのは我ら二人だけ。我らがハーンの遺命を成し遂げたかどうか監督する者など一人もいないのだ」
「君子たる者、主君への忠誠を貫かねばならぬ。ハーンは黄泉から我らの行いを見ているのだぞ!」
 郭玉和がそう一喝して、錦の包みに手を伸ばそうとするとそれより先に方滄海が奪い取っていた。
「おい!どうするつもりだ!」
 方滄海は呆れた顔で、ため息を漏らした。
「俺たちは、モンゴルの幕舎を出た時から、もはや、モンゴルに仕える身ではなくなったのだ。おまけに、ハーンは既に亡くなった」
「だからと言って、遺命に背いてよいわけではない。その書物を届けるまで、我らは、ハーンの忠実な部下なのだ。さあ、俺に返すがよい」
 郭玉和が立ち上がって方滄海の手から錦の包みを奪い取ろうとしたが、方滄海は、身を翻して避けた。
「おい!盗む気か!」
「郭兄!落ち着け!俺は、中身が何なのか確認しようと言っているだけだ。盗むつもりなどない!よく思い出せ。ハーンは、我らにこの中身を見るなとは命じていないのだぞ!」
 方滄海が部屋から逃げ出す様子はないので、郭玉和も一息つくと、
「確かに……中身を見るなとは言われていないが……」
「この包みに係わる謎は三つ。最初の二つは、ハーン亡き今となっては知ることはできないが、三つ目の謎、中身の書物には何が書かれているのか?これは、たった今、包みを開けば明白になるのだぞ」
 方滄海が包みの封を解こうとしたが、郭玉和は慌てて制した。
「だが、ハーンは俺にこの包みを手渡す時、中身を開けようとしなかった。包みのまま手渡してきた。ならば、中身を開けるなという意思表示ではないか?」
「違う。ハーンは、あの時、包みを解く力さえ残っていなかったはずだ。開けなかったからと言って、開けるなという意図だったとは限らない」
 方滄海は、もはや、包みの封を完全に解いてしまっていた。郭玉和も、「都合のよい解釈をするな!」と唸りながらも、包みが解かれてゆくのを凝視せずにはいられなかった。
 そして、赤い錦の包みは完全に解き放たれていた。
 豪華な拵えの分厚い書物であった。銀糸を織り込んだような純白の錦布地で覆われた表紙である。よほど大切に扱っていたのか、黄ばみは全くなかった。題目はなかったが、その代わり、何かの印のような紺色の刺繍が表紙の中央に施されていた。郭玉和と方滄海には、その印が何であるかは、理解することができなかった。
 ハーンが自らの印として利用していた九つの房をつけた白い軍旗に何となく似ていると感じただけである。
 その印は、笹竜胆――源氏の家紋であった。





武侠小説 チンギス・ハーンの秘伝書

 源義経が残した武芸と兵法の秘伝書「笹竜胆宝典」がチンギスハーンの手元にあった。一三四七年の元朝末期。不穏な空気の漂う福建を舞台に、江湖の好漢たちが秘伝書をめぐり、死闘を繰り広げる。源義経=チンギスハーンなのか?中国を舞台にした歴史ファンタジー小説。


 チンギスハーンは、源義経ゆかりの武芸と兵法の秘伝書「笹竜胆宝典」を日本の京都、鞍馬寺に届けよと二人の福建人に託す。しかし二人は、笹竜胆宝典を盗んで極意を悟り、福建の武夷山にて武夷派という武術門派を創始してしまう。武夷派は江湖で一流の武術門派になるが、その極意が笹竜胆宝典にありと江湖に知れたことから、笹竜胆宝典を巡って血みどろの争いが起き、武夷派から笹竜胆宝典が失われる。
 時代は下り、一三四七年、至正七年の夏。福建には反元復宋の志を抱く者があふれていた。
 秘密結社紅陽会はその急先鋒であり、総舵主の方克鎮は、武夷派、邪蓮教らと共同戦線を結成して福建を元の支配から解放せんと志していた。
 武夷派の一番弟子平日龍は、福州で行われる武術大会「武林制覇」に赴く。平日龍は、笹竜胆宝典を手に入れて、没落した武夷派を中興することを志していた。
 仙霞嶺に拠点を置く邪蓮教は、かつて武夷派を襲撃し、笹竜胆宝典を奪った。現在の邪蓮教教主、楊炎魔が所持しているが、娘である楊理亜はそれを知らない。楊理亜も武林制覇に赴き、平日龍と出会い、意気投合する。
 一方、王猛虎は、反元組織をつぶすために元朝が創立した秘密結社蒼狼幇の総舵主を務めており、笹竜胆宝典の行方を追っていた。武林制覇は江湖の好漢たちを集めて一網打尽にしようと、王猛虎が仕掛けた罠だった。王猛虎が圧倒的な武功で、武夷派、紅陽会、邪蓮教を襲撃する中、平日龍らが立ち上がる。

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2019年02月25日

武侠小説 東京開封府天狗伝説

武侠小説 東京開封府天狗伝説

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冒頭部抜粋

 一、求賢幇

 東京開封府内城の城門朱雀門の傍らに建つ己の役宅を出た男は、事件現場へと急いだ。
 身の丈は六尺ばかり。豹のような男である。とりわけ、地面を蹴る脚の力強さは、並外れており、一蹴りで一丈は先へ進んでいる。堂々たる体躯に彫りの深い精悍な顔立ち。目には、静かに獲物を狙う豹のような冷徹な光芒が浮かぶ。黒い官帽を被り、紺碧の長衫をなびかせている。腰に佩いているのは、柄頭から石突まで三尺五寸はありそうな日本の太刀である。柄と鞘は黒漆を塗っただけの質素な「黒漆太刀拵」であり、実戦に用いる太刀であることは一目瞭然。さらに、二尺五寸の鉄鞭(鞭と言ってもしなる物ではなく、十手のような鉄の棒)が差してあった。
 その男を追いかけるように、邸宅の門から一人の少年が駆け出た。粗末な土色の袴褶を身に付けている。男に遅れじと駆けているが、距離は開く一方である。時折、路地をごった返す人々とぶつかりそうになり、たたらを踏んでいるのでなおさらだ。
 一方の男は、人ごみの中を、間隙を縫うようにして疾駆し続ける。一歩たりとも、足を止めることはない。
「ちっ……城門が開く前に、知らせが来ればよかったのだが……」
 男が、路地にごった返す人々に目をやって舌打ちした。
 時は北宋の神宗の時代。都の東京開封府は、人口百万ともいわれる世界最大の国際都市である。水運が整備されて国中の物資や人々が集まり、昼夜を問わず騒がしい。
 とりわけ、城門が開かれる早朝は、旅人や城壁の外側に住む人々が行列を為してなだれ込んでくるために、より一層混雑するのである。
「仕方ない……」
 男は、突如として地面を蹴ると宙に舞った。
 男の周囲にいた人々の間からどよめきが起きた時には、男は、路地に沿って林立する建物の屋根から屋根へと、それこそまるで豹のように駆けていた。
 少年が屋根を駆ける男を見上げて、
「さすが!師父!よし、おいらも……」
 少年も地面を蹴って、跳躍した。幼い少年にしては、よく飛んだ方だ。だが、高さが足りずに、屋根に足が届かない。
「ああっ!」
 と哀れっぽい悲鳴を漏らした少年は、地面に落下していた。あわや、地面に叩きつけられるかという時、
「キャァ!」
 という娘の悲鳴が少年の胸元から響いた。少年が地面にいた娘に抱き付き、娘が少年を突き飛ばす。それがために、少年は顔から地面に突っ込まなくて済んだし 、娘も辛うじて、少年に押し倒されずに済んだ。
「ごめんなさい!小姑娘……」
 少年が胸をさすりながら、その娘を見やると、同じ年ごろの幼い娘である。桃色の小奇麗な襖裙をまとっているので、そこそこの家柄の娘であろう。娘は、頬を真っ赤にして眉間に皺を寄せると、少年の鼻さきに指を突き付けた。
「いきなり、何をするの!役人を呼ぶわよ!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!小姑娘。でも、役人なんて呼ばなくていいよ。おいらは、役人様の下働きをしているから……」
 少年が、慌てて、両手を合わせて頭を下げた。
「一体どこの誰なの!あなたのことを父上に言いつけて懲らしめてもらうわ!」
「正直に言うから……。おいらの主人は、緝捕使臣(捕盗役人。八品官の武官)の源観察様だよ……」
 娘が、アッと口に手を当てて目を丸くした。
「源宗隆、字は天狗。江湖では天狗殺法の源観察と呼ばれているお方なのね……」
「そうさ。おいらは、源観察様の下で、捕り手の見習いをしている欧陽堅と言うんだ」
「ごめんなさい。失礼なことを言ってしまったわね。私は、八十万禁軍教頭(近衛師団の武術師範。但し官位はなく兵卒に過ぎない)田鎗忠の娘、田蓉よ。父上も、源観察様のことは尊敬しているわ」
 田蓉が表情を緩めて抱拳すると、欧陽堅もほっと溜息をついて抱拳を返した。が、田蓉の表情はすぐに険しさを取り戻した。
「だからと言って、あなたのことを許すわけじゃないわ!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!わざとじゃないんだ……軽功に失敗して」
 欧陽堅が田蓉に責め立てられている時、男――緝捕使臣の源観察こと、源天狗は、既に事件現場にたどり着いていた。
 一丈ほどもある高い壁に囲まれた高級官僚の壮大な館である。その館の門前に立った時から、血の臭いが濃く漂っていた。
 門を遠巻きにして、野次馬たちが囁き合っている。中には大胆にも、門の内側を覗き込もうとする者もいたが、水火棍を手にした下っ端の捕り手によって遮られている。
 源天狗が門をくぐると、石畳が敷かれ、松などが植えられて整備された庭のあちこちに、槍を手にした血まみれの遺体が転がり、地面も壁も血が飛び散るという有様である。
 源天狗が、暫し、惨状を眺めやっていると、初老の小男が進み出て、抱拳してきた。身の丈五尺ばかり。まるで皮と肉ばかりかと見まごうほどに、しなびれた体つき。こけた頬に細い目つきの男だ。粗末な土色の袴褶を着ており、一見するとそこらをさまよっている浮浪者のようにも見える。が、手には、水火棍を有しているので捕手役人なのだろう。
「源観察。館の者どもは、三十人ばかりいたようですが、皆殺しにされており、生き残った者はいないようです。遺体の傷跡からして、槍によって刺殺されたものと思われます」
「また、槍か……。近頃、槍で刺殺される事件が相次いでいる。しかも、やられた連中は皮肉なことに誰もが、それなりに名の知られた槍の遣い手だった。ここの館の主も?」
「はい。この館の主は文官ですが、武芸にも精通しておりまして、館内に道場を構えておりました。ご自身はもちろんのこと館に仕える者たちも、悉く、槍を遣いこなすようです。しかし、どうやら、下手人を返り討ちにできた者は一人もいないようで……」
「やはり、下手人は一人なのか?」
「そう思います。一人の者を押し込もうと取り囲んだと思われる立ち位置で倒れている遺体が散見します。そうなれば、押し込んだのは館の者よりも少人数。あるいは一人かと……」
 源天狗は、館の奥に進んで、細い目つきの男の言葉通りであることを確認した。
「お前の言うとおりのようだな。何聞」
「はっ」
 細い目つきの男――何聞が礼儀正しく一礼した。
「門は閉ざされていたのか?」
「はい。朝、出仕した奉公人の話では、門には閂がかかっていて、押しても叩いても反応がなく、梯子を駆けてよじ登り、中を検めたところ、このような惨状であったと」
「となれば、下手人は、門から出て行ったのではなく、軽功で高い壁を乗り越えて出て行ったということになるな。江湖の武芸者であることは明白だ」
「はい」
 中庭に面した回廊を抜け、奥まった部屋にたどり着いた。開け放たれた観音扉の奥を見やると、豪華な飾りつけからして、館の主が、客人と面会するための主殿だと分かる。
 主人の席にこの館の主らしい男が、血まみれになってもたれ掛っていた。
 文官の割には、角ばった荒々しい顔つきに、筋骨隆々とした巨漢である。空色の円領袍の中心部が穿たれ、そこから血が噴出した跡が部屋のそこかしこに残っている。やはり、足元に槍か転がっていた。
 光を失った目は、恐怖のためか驚きのためなのか、カッと見開かれたままである。
「あの男が、館の主である高清か?」
 源天狗が床の血の跡を避け、宙を舞うような足取りで奥に進む。
「はい。朝廷では、王安石の新法を指示している立場だそうで、それなりの地位にあったとか」
 何聞の足取りも、源天狗と同等……いや、それ以上に軽快である。
「そう言えば、偶然なのかどうか……これまでに殺された者の多くが、王安石寄りの人間であったな」
「はっ……ですが、司馬光側の人間もいますので、新法をめぐる朝廷内の諍いとは無縁かと……」
「確かにな……。新法を止めたいなら、本丸である王安石を刺殺すれば足りること。一人、あるいは少人数で、これほどの殺戮ができる輩だ。王安石の館に忍び込んで暗殺することなど、そう難しくは あるまい」
 源天狗は、高清の遺骸の前に立つと、胸元の傷口を検めた後、椅子の背もたれに目を向けた。血がこびりつき、穴が開いていた。さらに奥の壁に目をやると、何かが突き刺さったような跡がある。
「何聞、見てみろ。下手人が繰り出した槍は、高清の胸を刺すばかりでなく、貫いたようだ」
 源天狗が指さすと、何聞は、驚いたように目を丸くした。
「まさしく……。先日の現場でも、槍が貫いた形跡がありましたな」
「このように体を貫くほどの槍技を繰り出せる人間は江湖でもそう多くはいまい。やはり、同一の人物による犯行と見てよかろう」
 源天狗は、床の血を避けながら宙を舞うような足取りで回廊へ出た。何聞も同じような足取りで後に続いてきた。
「盗まれた物は?」
 源天狗が訊ねると、何聞は間髪置かずして答えた。





武侠小説 東京開封府天狗伝説


 北宋、神宗の御世。仏道より武芸が好きな鞍馬寺の成円は留学僧として大陸に渡るが、還俗して源宗隆と名乗り、東京開封府で緝捕使臣(捕盗役人)を務めることになった。西夏が宋の領土を侵さんとして陰謀を張り巡らしていることを知り、東京開封府知事の依頼を受け、仲間たちと救国の秘密結社求賢幇を結成する。中国を舞台にした歴史ファンタジー小説。


 時は北宋の神宗の御世。各地で賊が跋扈し、西夏を初めとした北方異民族の脅威に晒されていた。八十万禁軍は形ばかりの軍で賊を成敗することもままならない。内憂外患の危機を憂えた東京開封府知事曹孔明は、皇上より令牌を賜り、救国の秘密結社求賢幇を結成した。
 一方、絶技閃電三法の遣い手関寧明は、西夏の後押しを受けて秘密結社興夏幇を結成し、宋の賊や武芸者を糾合し治安を乱さんとしていた。素顔を隠した槍大喬、弓小喬の義姉妹を手先とし、開封で、八十万禁軍教頭田鎗忠ら、名の知られた武芸者を虐殺し、開封郊外に眠っている大盗賊の遺産や伝説の武器を狙う。
 源宗隆、字は天狗は、日本の鞍馬寺で太刀術を極めた日本人でありながら、東京開封府で緝捕使臣(捕盗役人)を務めている。曹孔明の勧誘を受けて、求賢幇に加わったが人材も財源も皆無という有様。仲間を集め、賊から財貨を奪取することを当面の目的とする。
 開封では義賊が悪徳妓楼を襲撃し、客の男や経営者を皆殺しにし、妓女たちを逃がし、金銀を奪う事件が起きた。源天狗らは、義賊を味方に引き入れて、人材と財源不足を解消しようと考える。事件を追う中で、巨漢なのに格闘はできず弓しか使えない黄一矢、絶世の美女なのに重い鉄球を振り回して人の頭を砕く劉彩香、毒物に精通し変装術の達人である妓女陳盈盈らと出会い、求賢幇の人材が充実する。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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2019年02月24日

天下三剣

天下三剣

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 冒頭部抜粋

 天下三剣 
                    大滝七夕

 序
 
 その昔、三人の優れた刀鍛冶がいた。
 兄弟のように仲が良く、やがて、義兄弟の契りを交わした。
 三人は刀鍛冶として腕を磨いたが、どうしても己の思う一振りを作り出せずに悶々としていた。
 ある時、三人は、共に旅に出た。
 名刀を作り上げる秘訣を探るために全国各地の刀鍛冶を訪ね歩いたが、秘訣を掴むには至らなかった。
 悄然として、ある滝壺の前で、故郷に帰る相談をしていた時である。
 一人の兄弟が滝壺の裏に洞穴があるのを見つけた。
 その滝壺の奥には、陽が差し込まないのに、明るく照らされている。
 不思議に思った三人は、その洞穴の奥へ進んでみた。
 洞穴の中を行くこと半刻あまり。
 やがて、洞穴が途切れて、目の前に陽の光が差し込んできた。
 洞穴から抜け出てみると、仙境だった。
 眼下には、一面に緑に覆われた湿原が広がり、湿原の周りは、高い山脈に囲まれており、人の寄り付かない秘境である。
 湿原には、色とりどりの花が咲き乱れていて、その上を小鳥たちがのどかに飛び交う。
 緑の隙間に見える湖は、清く澄み渡っており、水面には、鏡のように山の姿が映し出されている。
 その仙境を一目見ただけで、三人の心には雑念が無くなった。
 己の目指すべき道を悟った三人はそれぞれ、一振りの太刀を作り上げた。
 今日に伝わる天下三剣である。
 
 備前国の刀工包聖は、長く軽量な大太刀を作らんとした。
 そして作り上げたのが、名刀 大包丁。
 長寸で大身の大太刀であるにもかかわらず、非常に軽量に作られているため、「天下三剣の最高傑作」と言われている。
 
 山城国の刀工宗政は、女傑が持つにふさわしい、美しい太刀を作らんとした。
 そして作り上げたのが、名刀 三日月丸。
 三日月形の刃文が美しい太刀である。天下三剣の中で、最も美しいとも評され、「名物中の名物」と言われる。
 
 伯耆国の刀工安永は、己にふさわしい太刀を作らんとした。
 安永は、出来上がった名刀 童鬼切を以って、民を悩ませていた鬼を斬った。
 その頑丈さと鋭利さは天下三剣の中で最も優れている。
 しかし、童鬼切には斬られた鬼の怨念が宿っているため、「手にした者は不幸になる」との伝説がある。

 第一章 尼僧 円桜

 うららかな春の日に旅しているせいであろうか、どの山を通りかかっても、桜が満開である。
 吉野山で満開の桜を眺めて以来、足柄峠を超えて、相模国に入るまで、ずっと満開の桜にお目にかかっている。
 とりわけ、吉野山で豪華絢爛に咲き乱れる桜を初めて目にしたときは、普段、花には全く関心のない緒玉武司も、さすがにため息が出てしまった。
 そう言えば、三年間、修行していた京の鞍馬寺にも桜の木がたくさんあった。
だけど、その頃は、武芸の稽古のことばかりしか頭に入らず、咲き乱れる桜には全く関心も示さなかった。
「はあ。気持ちいいな……」
 こうして、桜が咲き乱れる中を旅して歩いていると、背中に背負った大太刀や籠の重みも気にならなくなる。
 緒玉武司は、あくびをするように、拳を握った両手を天高く突き上げると、足を弾ませながら桜に囲まれた山道を駆けた。
 桜の仄かな香りが、鼻をくすぐる。





天下三剣


 伝説の三本の名刀――天下三剣を巡って鞍馬寺出身の若き武芸者たちと盗賊集団が駆け引きを繰り広げる。中世の日本を舞台にした和風ファンタジー小説。


 平安時代を舞台にした、大包丁、三日月丸、童鬼切の三つの名刀「天下三剣」をめぐる剣豪小説。
 京の鞍馬寺で武芸を学んだ緒玉武司は武者修行の旅の途中、法華寺の尼僧円桜が一人の武士を庇って、山賊と戦う現場に遭遇する。緒玉武司が助太刀し、山賊を成敗するが武士は名刀三日月丸を円桜に託して死亡。
 次いで、名刀大包丁を所持する悪党田神天光や山賊に襲われ、負傷した時、玉女鉄笛の遣い手で孤児の楓に助けられる。緒玉武司は田神天光と和解し、円桜、楓ら四人と行動を共にする。
 四人は、関東一円を荒らし回る盗賊集団邪門党の党首、黄玉美姫と武林で恐れられている巨漢の殺人鬼酒山鬼蔵に襲撃される。二人の賊は天下三剣を探し関東を荒らしまわっていた。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大滝 七夕
法学部在学中に行政書士、宅建等の資格を取得し、卒業後は、行政書士事務所、法律事務所等に勤務する傍ら、法律雑誌の記事や小説を執筆し、作家デビュー。法律知識と実務経験をもとにしたリーガルサスペンスを中心に、ファンタジーや武侠小説などを執筆している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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